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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)171号 判決 1989年9月27日

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告陸上自衛隊第三二普通科連隊長が原告与那嶺に対し昭和四七年五月四日付けでした懲戒免職の処分を取り消す。

2  被告陸上自衛隊第二特科群長が原告河鰭に対し昭和四七年五月四日付けでした懲戒免職の処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告与那嶺は、昭和四六年三月二六日陸上自衛官に任用され、処分当時は陸上自衛隊第三二普通科連隊第一中隊所属の一等陸士であり、原告河鰭は、昭和四六年一月八日陸上自衛官に任用され、処分当時は陸上自衛隊第二特科群第一一○特科大隊本部中隊所属の一等陸士であった。

2  被告らは、それぞれ、原告らに対し、昭和四七年五月四日付けで懲戒免職の処分(以下「本件処分」という。)をしたとして、同日以降、原告らを自衛官として扱わない。

3  しかし、原告らは、いずれも本件処分を受ける理由はないから、その取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2は、いずれも認める。

2  同3は争う。

三  抗弁(本件処分の理由)

1(一)  原告与那嶺、同河鰭の両名は、陸上自衛隊第四五普通科連隊一等陸士福井茂之(以下「福井」という。)、陸上自衛隊富士学校偵察教導隊一等陸士内藤克久(以下「内藤」という。)、航空自衛隊第二高射群一等空士小多基実夫(以下「小多」という。)及び元三等空曹小西誠(以下「小西」という。)と共に、防衛庁長官に対し自衛隊の沖縄派兵中止等の要求をするため、小西を除く五名は自衛隊の制服を着用の上、昭和四七年四月二七日午後四時ころ、多数の報道関係者らを同道して、東京都港区赤坂九丁目七番四五号所在の防衛庁正門に赴き、警備員に対し防衛庁長官との直接面会を求めた。

そして、現場に駆け付けた警備第二係長坂野井正三外一名と約一五分押し問答をしたが、面会が実現不可能と見ると、原告両名を含む六名が同所の防衛庁庁舎に向かって一列横隊に並び、報道関係者ら不特定多数の者が集まっている場所において、福井が全員を代表して、自衛隊の沖縄派兵及び立川移駐の中止などを訴える内容を有し、且つ、全員の官職、氏名を表示した別紙一の「要求書」を読み上げた後、右要求書及びこれとほぼ同趣旨の記載のある別紙二の「声明」と題する文書を右警備係長に手交し、長官に渡して貰いたい旨述べて立ち去った。

(二)  原告らが要求書において要求した声明に記載した事項は、政府の決定した政策の中止を求め又は根拠もなく自衛隊を誹謗中傷し若しくは自衛官の職務の性質と相容れない内容のもので、到底認められないものである。

これを具体的に述べると、次のとおりである。

(1) 自衛隊の沖縄配備について

沖縄の施政権返還に先立って、昭和四六年六月二九日、防衛庁久保防衛局長とカーチス在日米国大使館沖縄交渉団首席軍事代表との間で、「日本国による沖縄局地防衛責務の引受けに関する取極」(いわゆる久保・カーチス取極)が結ばれ、その中で、我が国が引き受ける防衛責務の内容、引受けの時期及び自衛隊の部隊を配置する施設等が明らかにされた。自衛隊の沖縄配備計画は、右取極所定の基本方針に沿って検討された上、昭和四七年四月一七日、国防会議において、昭和四七年五月一五日の沖縄復帰に当たり、準備要員として陸、海、空自衛官約一○○人を予め派遣し、復帰日以後、施設の引継ぎ及び維持管理等に当たらせること、昭和四七年一二月末を目処とし、若干名の陸上自衛隊、海上自衛隊及び航空自衛隊を逐次配備することなどを内容とする配備計画が決定された。そして、右計画は、翌昭和四七年四月一八日に閣議において了承された。

(2) 自衛隊の立川移駐について

昭和四六年六月二五日の日米合同委員会において、日本国と米国との間の相互協力及び安全保障条約六条に基づいて米国が使用を許されていた施設である立川飛行場を、日米両国で共同使用する旨の合意が成立した。同年六月二九日、閣議において、立川飛行場の自衛隊と米軍との共同使用、即ち陸上自衛隊東部方面飛行隊等が航空施設として共同使用することが決定された。

昭和四七年一月二一日、江崎防衛庁長官は、閣議において、立川飛行場へ年度内に部隊を移駐すること、その日時等は長官に任されたい旨を報告し、閣議の了解を得た。そして、同年三月七日から八日にかけて、訓練部隊の立川飛行場への移動を完了した。

(3) 生活、訓練等の条件決定に参加する権利、団結権の保障について

我が国の防衛と公共の秩序の維持という自衛隊の任務及びその職務の性質上、このような権利を認める余地はない。

(4) 表現の自由の保障について

一切の制約のない表現の自由のごときは、国家公務員としての地位及び職務の性質を無視した要求というほかはない。

(5) 命令拒否権の確定について

自衛官に対して、自己の判断によって不当と認めた上官の職務命令に服従しないという権利を要求するものであるが、このような権利を認めるとすれば、自衛隊の組織的一体性は根底から破壊され、その任務の遂行は不可能となる。

(6) 幹部・曹・士の一切の差別の廃止について

このような要求は、組織そのものの存在を否定することに連なるものである。

(7) 勤務時間外のあらゆる拘束の廃止について

自衛官は、その勤務の特質からして勤務時間外においてもその行動に一定の制約が課せられることも止むを得ない。自衛隊法(以下「法」という。)五四条一項が「隊員は、何時でも職務に従事することのできる態勢になければならない。」と定め、法五五条が指定場所に居住する義務について定めているのは、このような趣旨によるものである。

右のような勤務時間外のあらゆる拘束を廃止することが、自衛官の職務の性質と相容れないものであることは多言を要しない。

(8) 労働者、市民としての全ての権利の要求について

これは、要求項目一ないし九項の締め括りとして掲げられているものであるが、以上指摘した要求が自衛官の職務の性質を全く顧みない要求であり、自衛隊の組織を否定するに等しいものであることは、この最後の要求から一層明らかである。

2(一)  原告与那嶺、同河鰭の両名は、昭和四七年四月二八日午後八時ころ、東京都港区所在の芝公園で開催された全国各県反戦青年委員会代表者会議、関東叛軍行動委員会代表者会議、入管体制粉砕東京実行委員会の共同主催による「四・二八沖縄返還協定粉砕、自衛隊沖縄派兵阻止、日帝の釣魚台略奪阻止、入管二法粉砕中央総決起集会」(以下「四・二八沖縄返還協定粉砕等中央総決起集会」という。)に前記四名と共に参加し、同集会場に設置された演壇上に制服を着用して立ち、同集会の多数の参集者を対象として、全員を代表して内藤が前記要求書を読み上げ、引き続いて若干の演説を行い、次いで、原告河鰭が全員を代表して前記声明を読み上げた後、「国民の意思に反して自衛隊を沖縄に派兵しようとしている。沖縄一○○万人民は全て反対している。」「人民弾圧のための沖縄派兵に反対し、私は自衛官として労働者、農民、学生と連帯して、自衛隊の沖縄派兵を絶対に断乎阻止することを誓う。」などと述べた。

その後、小多、福井、小西及び原告与那嶺が、こもごも、自衛隊の沖縄配備等の政府が決定した政策に反対し又は阻止することを訴え、或いは、自衛隊を非難するなどの演説を行い、その際、原告与那嶺は、「沖縄派兵、立川への強行移駐、三里塚の強行土地収用は、反革命的帝国主義と呼ばざるを得ない。」「民主主義という名の下に、我々兵士を完全にロボット化し、命令に対する拒否権を認めず、沖縄人民、アジア人民に対し、より資本家階級、ブルジョア階級の私兵になることを要求している。」「自衛隊の沖縄強行移駐は、旧軍の住民に対する残虐な行為を、その派兵の内部に本質的に含んでいるということを私ははっきり自覚し、それが故に沖縄派兵を断乎拒否し、また拒否するだけでなく、拒否する全ての兵士の先頭になって戦って行きたい。」などと述べた。

(二)  原告らが集会において読み上げた要求書及び声明の内容については、前述したとおりであり、また、原告与那嶺、同河鰭の演説の内容は、政府の決定した沖縄配備の政策に対して根拠のない誹謗を加えて反対し、沖縄派兵の阻止、拒否を訴えるものである。

3  原告与那嶺は、陸上自衛隊第三二普通科連隊(市ケ谷駐屯地)に、原告河鰭は、陸上自衛隊第二特科群(仙台駐屯地)に、それぞれ所属し、いずれも営舎内に居住するものであったが、原告与那嶺は、休暇先から所定の帰隊時限である昭和四七年四月二六日午後一一時を越えて、また、原告河鰭は、外出先から所定の帰隊時限である同年四月二四日午後一一時を越えて、いずれも同年五月三日の満了に至るまでの間帰隊せず、所属長の許可を受けることなく職務を離れた。

4  原告らの1(一)、2(一)の各行為は、要求書と声明において、政府の決定した自衛隊の沖縄配備及び立川移駐の政策に反対し、これを阻止することを訴えた上、自衛隊に対して偏見と悪意に満ちた根拠のない誹謗中傷を加えたもので、要求事項もおよそ自衛官の職務の性質と相容れないものであること、また、防衛庁の正門及び芝公園という報道関係者、一般市民の集まっている場所で対外的な宣伝効果を意図して行われたもので、意見具申の方法としても甚だしく妥当を欠いたものであること、右要求書、声明に自己の官職・氏名を表示し、制服を着用して行動したことなどに鑑みると、自衛官としての品位、信用を傷つけると共に自衛隊の威信を低下させるものであり(法五八条一項)、自衛官の服務の本旨(法五二条)からも到底許されないものであって、いずれも、法四六条二号の「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」に該当する。

また、原告らの3の行為のうち、営舎内居住義務違反の点は、法五五条、自衛隊法施行規則(以下「施行規則」という。)五一条本文に違反し、上司の許可なく職務を離れた点は、法五六条に違反し、いずれも法四六条一号に該当する。

5  本件処分は、以上のような理由に基づいてされたもので、いずれも適法である。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1(一)は、原告らが被告ら主張の日時、場所において被告ら主張の方法で要求書を読み上げ、右要求書と声明を手交したことは認めるが、現場に駆け付けた者が警備第二係長であることは不知、その余は争う。1(二)のうち、自衛隊の沖縄派兵、立川移駐が決定された経過は不知、その余は争う。要求書記載の要求及び声明の内容は、次に述べるとおり、何らの違法性や非道徳性はなく、いずれも正当なものである。

(1) 沖縄派兵の即時中止の要求について

これは、太平洋戦争末期の沖縄戦における旧日本軍の行動とその犠牲になった沖縄住民の被害の惨状、戦後の米軍支配の苛酷な実態、沖縄住民の悲痛な声を無視した返還の実現に至る歴史的経過及び沖縄派兵を旧日本軍の再来であるとする全島的な反自衛隊闘争の客観的事実に裏付けられたもので、沖縄の声を体現した極めて正当な要求である。このことは、沖縄に派兵された自衛隊のその後の状況、アジア諸国への侵略軍としての内実を持ちつつある増強、基地機能強化の現実に照らしても明らかである。

自衛官であると同時に一個の市民である原告らが、憲法に保障された基本的人権である表現の自由に基づき、その関心事である沖縄派兵や次の立川移駐について言及することを制限し禁止される理由はない。

(2) 立川移駐中止の要求について

自衛隊の立川移駐決定と先遣隊の強行移駐は、米軍立川基地跡地を治安出動基地として確保するための既成事実作りであって、これに対しては、立川市民や労働者だけでなく、立川市その他の自治体、国会議員等の広範且つ粘り強い反対運動や抗議行動が繰り広げられていたのであり、原告らの要求は、このような国民各層の幅広い運動及び反対の声と連動した正当なものである。

(3) 生活、訓練等の条件決定に参加する権利、団結権の保障について

原告らの隊内における生活、訓練、勤務は、全て防衛庁訓令等によって一方的に定められ、隊員の意思が反映される場がなく、不当な権利剥奪の状態が続いているので、原告らの要求は全く尤もなものである。原告らは、一般市民から自衛官となり一定任期後は再び一般市民に戻る下級兵士であって、このような階級的性格からして団結権の行使を禁止される理由はなく、諸外国の法制にも符合しないから、原告らが法六四条一項の改正を求めたことには、正当な根拠がある。

(4) 表現の自由の保障について

表現の自由は憲法上最も基本的な人権であって、その自由は最大限に保障されなければならず、諸外国では既に確立されているものであるから、原告らの要求は、けだし当然である。

(5) 命令拒否権の確定について

法五七条は、上官の職務上の命令に対する服従の義務を定め、法一一九条以下は、一定の義務違反に対する刑罰の制裁を定めている。しかし、上官の命令に服従したというだけで兵士の行為が免責されるものでないことは、「東京裁判」の例によっても明らかであるから、下級兵士にとって違法、不当な命令を拒否する権利並びにその要件、手続きを確立することは、切実な問題である。

沖縄派兵、治安出動に直面するかも知れない原告らがこれらの要求をしたことは当然である。

(6) 幹部・曹・士の一切の差別の廃止について

自衛官の階級については、法三二条に定められているが、将校団、下士官団、兵士団とでは全くその性格が異なり、一方が支配階級、他方が被支配階級であって、その間に営内居住、外出その他について明白且つ理由のない差別が存在している。原告らは、階級そのものの廃止を求めたものではなく、右のような理由のない差別を廃止し、下級兵士に将校団、下士官団と同様の権利を保障することを要求したものに止まるから、正当なものである。

(7) 勤務時間外の拘束の廃止について

営舎内に居住することを義務づけられている下級兵士は、営舎外に居住している自衛官と異なり、勤務時間終了後も種々の拘束を受けて外出が認められず、休養日等の外出も厳しく制限されているのであって、下級兵士が平時において右のような拘束、制限を受けなければならない理由はないから、一般市民でもある原告らが、勤務時間外のあらゆる拘束の廃止を求めるのは、当然である。

(8) 私物点検、貯金管理などの人権侵害の中止について

私物の点検や貯金の管理などは、服役者並みの人権侵害であって、法律の根拠に基づかずに単なる防衛庁長官の訓令によって一方的に行うことの違法、不当であることは明白であるから、原告らの要求が正当なものであることは、いうまでもない。

(9) 小西の懲戒免職の取消、原職復帰の要求について

小西は、昭和四四年一一月二二日、特別警備訓練の拒否を呼びかけるビラを配布して多数の自衛官に怠業を煽動したとして懲戒免職処分を受けたが、表現の自由を侵害する違法なものであるから、表現の自由に基づいて本件の要求を提出している原告らが、小西の行為を正当視し免職の取消等を要求することは当然である。

(10) 労働者、市民としての権利の要求について

自衛官は、兵士であると同時に労働者、市民であるから、労働者、市民として有する権利を全て認められるべきことは当然である。

2  抗弁2(一)は、原告らが被告ら主張の日時、場所において被告ら主張の方法で要求書及び声明を読み上げ、演説をしたことは認めるが、演説の正確な内容は、次のとおりである。2(二)は争う。

(一) 原告与那嶺の演説

「ここに結集した多くの労働者、学生、市民に対し、沖縄出身一隊員として何故ここに決起したかをいろいろ考えてみたいと思います。

ここにいる労働者、市民、学生に対し今隊内では治安訓練をし、治安出動訓練をして、そのわれわれ人民に何でわれわれが四・二八とか国会の強行採決に、われわれが何で待機命令を受け、何で敵対しなくてはならないのか。われわれの防衛庁押しかけに対し防衛庁長官は、自衛官たるものが記者会見をし、防衛庁にしかも制服でくるとは自衛隊員としてふさわしくないとか、そのようなことをいっている。もしわれわれの行動が、自衛官としてふさわしくないのであれば、沖縄派兵、立川への強行移駐、三里塚での強行土地収用とは一体なんといえばよいのか。それをわれわれは反革命的帝国主義だ、と呼ばざるをえない。沖縄派兵は沖縄出身者の手で-訂正-沖縄の防衛は沖縄出身者の手で、という政府の合言葉、自衛隊側の合言葉は、われわれ沖縄出身者の広範な派兵拒否にあって、自衛隊当局は大変困っているようであります。

現在まで、沖縄出身者が沖縄出身者の砂辺二士の自殺並びに沖縄出身者の隊内における断乎とした、沖縄出身者としてのすべてを賭けた闘いを上官にぶつけ、自ら退職し、沖縄派兵を拒否し、退職した自衛官と、それから隊内教育で圧迫から耐えられずに脱さくした沖縄出身者並びに本土出身者の自衛官がいるということ、そういうことをわれわれは決して奨励する訳ではなく、断乎と隊内にわれわれがプロレタリア兵士として隊内に断乎として隊内の非民主的な非人間的なことに、そういうことを逃避することなく断乎とプロレタリア兵士として人民の側に立つことをすべての自衛官に訴えたいと思います。

本土における強行採決とか沖縄派兵とか、立川移駐とか、そういうものはすべて民主主義だといって、機動隊と自衛隊の武力を背景に民主主義ということを名のり、そして自衛隊は機動隊は民主主義の名のもとにわれわれ兵士を完全にロボット化し、命令に対する拒否権を認めず、沖縄人民、アジア人民に対しより資本家階級、ブルジョア階級、そういう階級の私兵になることをわれわれに要求しているのであるが、われわれは断乎とそういうことを拒否し、沖縄百万同胞の闘いに断乎合流することをここに明らかにしたいと思います。

沖縄出身者の富村順一さんのわれわれ兵士に対する呼びかけ、自衛官に対する呼びかけに私は、初めて外部との接触になることになったわけですが、現在、自衛隊が沖縄に強行にいこうというその本質的なことは、旧軍のミヤコ島とかケラマ列島における旧軍隊の住民に対する残虐行為をその派兵の内部に本質的に含んでいるということを、私ははっきりと自覚し、それが故に沖縄派兵を断乎拒否し、拒否するだけでなく、断乎拒否するすべての兵士の先頭に立ってそのことを闘っていきたいと思います。すべての労働者、学生、市民はそういう沖縄返還協定、沖縄派兵の反人民的な帝国主義者が、われわれに選択を迫っているときに、すべての労働者、学生、市民、兵士が一体となって沖縄派兵を阻止することを徹底的に闘い抜くことをここにおいて確認したい、私は確認というより、徹底的に闘っていきたいと思います。」

(二) 原告河鰭の演説

「私は、陸上自衛隊第二特科群第一一○特科大隊本部中隊に勤務する一等陸士河鰭定男です。私たちは、昨日防衛庁長官に対し、自衛隊の沖縄への派兵反対、隊内にいる私たちの基本的な権利を要求する要求書を提出しました。このことは全国の全隊員の要求と希望であります。自分は自衛隊法四六条の適用を拒否し尽し行政処分を含むあらゆる妨害に対し闘い、隊内へ復帰を要求し、このことと併せて、防衛庁長官は私たちの要求書に即時に回答することを求める。

私が入隊したのは一九七二年一月八日です。まだ正月気分もさめやらぬ日でした。

その時その時点で私に与えてくれたものは何であったか。それは希望の一字につきる。私は自衛官として幹部をめざして頑張るつもりでした。

しかしその希望は無惨にもほんのわずかな期間でくずれ去った。なぜか。それは三里塚闘争をテレビで見たことによる。クサリで自らの身体を木に縛りつけ、立ちのきに反対して闘う農民、キバをむき出して排除にあたる機動隊。

同じ農民の子として私はこれを絶対に許せなかった。自衛隊には治安出動があるからだ。ある日、国防という精神教育のとき、ちょっとしたことで幹部が三島事件に触れて話しはじめた。幹部の話しは、三島は正しい、第九条は改正すべきだ、自衛隊は軍隊になるべきだ、と、そのような内容のものであった。私は身震いがし、日本の危機を感じた。現在、沖縄に自衛隊が派兵される。なぜ沖縄に自衛隊が派兵されなくてはならないか。今ベトナムでは世界最大の軍事力をもつアメリカを相手にベトナム人民は強烈に闘っている。アメリカが敗北し、兵を撤退しようとしている時に、自衛隊は沖縄に派兵されるのです。あの立川へ強行にも自衛隊は移駐したではないですか。このように国民の意志に反し、今度は沖縄に派兵しようとしている。沖縄百万人民は、すべて反対しているではないか。私は侵略と人民弾圧のための沖縄派兵に断乎反対し、私は自衛官として本土労働者、農民、学生と連帯して、自衛隊沖縄派兵を絶対に阻止することを誓う。一九七二年四月二八日。おわります。」

3  同3は認める。ただし、原告らは、昭和四七年四月二七日、原告与那嶺については同月二七日以降暫くの間、原告河鰭については同月二五日以降暫くの間、いずれも一身上の都合で休む旨の休暇届を各所属長に提出している。

4  同4は争う。

五  再抗弁

1  請願権の行使

原告らの防衛庁正門付近における行為は、憲法一六条に基づく請願権の行使である。陸上自衛隊服務規則(以下「服務規則」という。)二○条は、自衛隊内部における意見具申について定めているが、原告らは、憲法一六条に基づいて請願をしたもので意見具申をしたものではないから、服務規則の適用はない。また、芝公園における行為は、勤務場所外且つ勤務時間外のもので、しかも、正当な表現の自由の行使であるから、憲法二一条に照らし右行為を制限することは許されない。

なお、原告らが芝公園における行為の際に制服を着用していたのは、着用義務を定めた法五八条二項に適合するもので、何ら非難される理由はない。

2  法令の不明確による無効

法四六条二号は、「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」を懲戒処分の理由としているが、右文言は極めて広範かつ不明確であって、その中には通常人の認識によって具体的な内容を想定することが可能な程度の要素が含まれているとはいえない。このことは、最大判昭和五〇年九月一〇日刑集二九巻八号四八九頁、最大判昭和五九年一二月一二日民集三八巻一二号一三〇八頁の示す判断基準に照らしても明らかである。そして、懲戒処分の根拠規定の明確性は、憲法三一条、一三条、二一条の要請するところであるから、法四六条二号は、その内容が不明確なものとして、違憲無効である。

3  自衛官の服務を定めた諸規定の違憲性

法五二条以下は、自衛官の服務に関して幾多の規定を掲げているが、総括的な根本規定である法五二条は、「専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め……」なければならないものとし、自衛官に対して職務遂行のため自己の生命を賭する賭命義務を課している。また、法五七条は、上官の職務上の命令に対する服従義務を定めているが、これに対する反抗や不服従に対しては刑罰の制裁を予定している(法一一九条、一二〇条、一二二条)。これらのことは、自衛官の命令服従については何らの限界-最後の一線たる生命の限界すらも存在しないことを意味するもので、人間の生存的本能に根本的に反するだけでなく、憲法の予定しない軍隊規律ないし絶対的な服従義務を負う軍人の存在を容認することにほかならないから、戦力の不保持と基本的人権の保障を定めた憲法の趣旨に反し、違憲無効なものである。

したがって、自衛官の服務を定めた法五二条以下の諸規定をもって法四六条二号の「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」の根拠とすることは許されない。なお、法五二条の文言は、全体として一つの規律を構成しているもので、賭命義務を定めた部分と他の部分とを切り離して解釈適用することは許されない。

4  憲法一四条、二一条、一九条、一三条、三一条違反

本件処分は、原告らの表現の自由に基づく正当な行為に対し、原告らが自衛官であるが故にされた不合理な差別であるから、法の下の平等を定めた憲法一四条及び表現の自由を保障した憲法二一条に違反する。また、本件処分は、原告らが反自衛隊、反帝国主義的思想の持ち主であることを理由としてされたものであるから、思想、信条の自由を保障した憲法一九条に違反する。更に、被告らは、本件処分をするに当たり、原告らに対して告知、聴聞の機会を与えずに免職という重大な不利益処分を行ったが、これは、適正手続きの保障を定めた憲法一三条、三一条に違反する。

5  施行規則八五条違反

被告らは、原告与那嶺については昭和四七年四月三〇日付けで、原告河鰭については同年四月二九日付けで、それぞれ被疑事実通知書を送達し、その後、原告与那嶺については四日以内に、原告河鰭については五日以内に、いずれも一方的に懲戒処分を行った上、同年五月四日付けで懲戒処分宣告書を送付してきた。しかし、被告らは、原告らに一切の弁解、防御の機会を与えることなしに右の手続きを行ったもので、施行規則八五条に違反する。

もっとも、施行規則八五条の二項には、処分の手続きを省略し得る場合を規定しているが、本件では、原告らに同行した弁護士角南俊輔が原告らの代理人である旨を防衛庁正門の警備員に告げ、且つ、名刺を交付しているので、同弁護士の事務所に照会すれば原告らへの連絡、書類の送達等の手続きは可能であり、したがって、本件では、同項所定の要件を欠き、省略は許されない。

6  裁量権の濫用

本件処分は、自衛官であると同時に一般市民でもある原告らの請願権ないし表現の自由の行使を理由としたものであるが、原告らの行為は、目的、方法において何ら責められるところがなく、内容においても不当又は非難すべきところがないのに、十分な審査検討もないまま性急且つ感情的に行われた政治的報復といわざるを得ないから、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を著しく逸脱したものとして、違法である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は否認する。原告らの防衛庁正門付近における行為は、自衛隊に対する非難、抗議を目的としたもので、しかも、予め報道関係者を同道し一般市民が往来し集まっている場所で、一列横隊に並び要求書を読み上げるという、対外的な効果を十分に計算した上でされたものであるから、憲法一六条の請願権の行使ということはできない。

また、芝公園における行為は、政府の決定した政策に反対し、これを阻止することを訴えた上、自衛隊に対して理由のない誹謗中傷を加えたもので、要求事項も自衛官の職務の性質と相容れないもので、正当な表現の自由の行使とはいえない。

2  同2は争う。法四六条二号の「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」とは、自衛官の国民全体の奉仕者としての地位及び我が国の防衛というその職務の特性から導き出される自衛官の服務の本旨に反する行為ないし国民の期待する自衛官としてのあるべき姿に反する行為であって、自衛隊の規律又は秩序の維持に関連する行為のあった場合を指すということができるから、その内容が不明確であるとはいえない。

3  同3は争う。原告らの行為は、法五二条との関連では「一致団結、厳正な規律を保持し」の部分に該当するもので、「生命の危険を賭する義務」や「事に臨んで」行われたものではないから、原告らの主張は、本件処分の適否とは関係がない。

4  同4はいずれも争う。行政手続きには憲法一三条、三一条の適用はない。

5  同5は争う。本件処分は、原告らの規律違反の事実が明白で争う余地がない上に、原告らの所在が不明であったから(防衛庁職員が角南弁護士から原告らの代理人である旨を告げられたとか又は名刺を交付された事実はない。)、施行規則八五条二項に基づいてされた適法なものである。

6  同6は争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一  原告らの身分等

請求の原因1、2の事実は、いずれも当事者ら間に争いがなく、原告河鰭本人尋問結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、自衛官として任用されるに際し、それぞれ、「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います。」との服務の宣誓をしていることが認められる(法五三条、施行規則三九条)。

二  原告らの行為

1  原告らが、昭和四七年四月二七日午後四時ころ、自衛隊の制服を着用した上、外四名の自衛官及び元自衛官と共に、東京都港区赤坂九丁目七番四五号所在の防衛庁に赴き、正門付近の報道関係者ら不特定多数の者が集まっている場所において、福井が全員を代表して、自衛隊の沖縄派兵及び立川移駐の中止などを訴える内容を有し、且つ、全員の官職、氏名を表示した別紙一の要求書を読み上げ、その後、右要求書及びこれとほぼ同趣旨の記載のある別紙二の声明と題する文書を防衛庁職員に手交したことは、当事者ら間に争いがなく、右要求書には「沖縄百万の労働者、農民は、老若男女を問わず一人一人が自衛隊の沖縄派兵に怒りのこぶしをふりあげている。」「自衛隊の侵略軍隊への強化は、われわれにあらゆる屈従を強制しようとしているではないか。」「入隊以来、われわれは、あらゆる隊内の非民主的教育、生活、訓練に耐えてきた。」などのほか、要求事項として、命令拒否権の確定、幹部・曹・士の一切の差別の廃止、職務時間外のあらゆる拘束の廃止などを求める記載があり、また、右声明には、「いままさに日本帝国主義が、再びアジア人民への圧迫と殺りくに乗り出さんとしている……。」「われら自衛隊兵士は、……兵営監獄の中で抑圧され、差別され、あらゆる屈従を強いられてきた。」「帝国主義佐藤政府は、われらを侵略と人民弾圧のせん兵とせんがために、四次防と沖縄派兵を必死になって強行しようとしている。」などの記載のあることが明らかである。

そして、<証拠>によれば、原告らは、防衛庁に赴くのに先立って報道関係者を集めて記者会見を行い、これらを同道して防衛庁に赴いたもので、同所正門においては、防衛庁長官への面会を求めながら担当職員からの身分証明書の提示要求にも率直には応ぜず、制服を着用したまま一列横隊に並び、前記のとおり、報道関係者ら不特定多数の者を前に、要求書を読み上げた後、声明と共に防衛庁職員に手交する行為に及んだものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。

2  また、原告らが、昭和四七年四月二八日午後八時ころ、東京都港区所在の芝公園で開催された全国各県反戦青年委員会代表者会議等の共同主催による四・二八沖縄返還協定粉砕等中央総決起集会に前記四名の自衛官及び元自衛官と共に参加し、制服を着用して演壇に立ち、集会の参集者を対象とし、全員を代表して内藤が前記要求書を、原告河鰭が前期声明をそれぞれ読み上げ、続いて原告らが交互に演説をしたことは、当事者ら間に争いがない。

そして、右集会における原告河鰭の演説が、「国民の意思に反して自衛隊を沖縄に派兵しようとしている。沖縄一〇〇万人民は全て反対している。」「人民弾圧のための沖縄派兵に反対し、私は自衛官として労働者、農民、学生と連帯して、自衛隊の沖縄派兵を絶対に断乎阻止することを誓う。」旨の内容を含み、また、原告与那嶺の演説が、「沖縄派兵、立川への強行移駐、三里塚の強行土地収用は、反革命的帝国主義と呼ばざるを得ない。」「民主主義という名の下に、我々兵士を完全にロボット化し、命令に対する拒否権を認めず、沖縄人民、アジア人民に対し、より資本家階級、ブルジョア階級の私兵になることを要求している。」「自衛隊の沖縄強行移駐は、旧軍の住民に対する残虐な行為を、その派兵の内部に本質的に含んでいるということを私ははっきり自覚し、それが故に沖縄派兵を断乎拒否し、また拒否するだけでなく、拒否する全ての兵士の先頭になって戦って行きたい。」旨の内容を含むものであったことは、いずれも、原告らの自認する演説と対比して明らかである。

3  更に、原告与那嶺が昭和四七年四月二六日午後一一時の、原告河鰭が同月二四日午後一一時の各帰隊時限を越えて、いずれも同年五月三日の満了に至るまでの間帰隊しなかったことは、当事者ら間に争いがなく、<証拠>によれば、原告らは、同年四月二七日付けで、原告与那嶺については同月二七日以降当分の間、原告河鰭については同月二五日以降当分の間、それぞれ一身上の都合で休む旨の休暇届を各所属長に郵送したが、いずれも、承認を得られなかったことが認められ、これに反する証拠はない。

三  原告らの行為に対する評価

1  <証拠>によれば、原告らが問題にした自衛隊の沖縄配備及び立川移駐は、当時の政府が次のような経緯で適法に決定したものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  沖縄は、昭和四七年五月一五日をもって施政権が米国から日本国に返還されることとなったが、右返還に先立つ昭和四六年六月二九日、防衛庁久保防衛局長とカーチス在日米国大使館沖縄交渉団首席軍事代表との間で、「日本国による沖縄局地防衛責務の引受けに関する取極」が結ばれ、その中で、我が国が引き受ける防衛責務の内容、引受けの時期及び自衛隊の部隊を配置する施設等が明らかにされた。自衛隊の沖縄配備計画は、右取極所定の基本方針に沿って検討された上、昭和四七年四月一七日、国防会議において、昭和四七年五月一五日の沖縄復帰に当たり、準備要員として陸・海・空自衛官約一〇〇名を予め派遣し、復帰日以後、施設の引継ぎ及び維持管理等に当たらせること、昭和四七年一二月末を目処とし、若干名の陸上自衛隊、海上自衛隊及び航空自衛隊を逐次配備することなどを内容とする配備計画が決定された。そして、右計画は、翌一八日の閣議に報告されて了承された。

(二)  立川飛行場は、日本国と米国との間の相互援助協力及び安全保障条約六条に基づいて米国が使用を許されていたが、昭和四六年六月二五日の日米合同委員会において、日米両国で共同使用する旨の合意が成立した。そして、同年六月二九日、閣議において、立川飛行場の自衛隊と米軍との共同使用、即ち陸上自衛隊東部方面飛行隊等が航空施設として共同使用することが決定された。昭和四七年一月二一日、江崎防衛庁長官は、閣議において、立川飛行場へ年度内に部隊を移駐させること、その日時等は長官に任されたい旨を報告し、その了解を得、同年三月七日から八日にかけて、訓練部隊の立川飛行場への移動が行われた。

2(一)  右認定の事実に、前述した原告らの行為と要求書、声明及び演説の内容を総合すれば、原告らは、第一に、予め報道関係者を集めて記者会見を行い、これらを同道して防衛庁に赴き、同所正門付近の報道関係者ら不特定多数の者が集まっている場所において、制服を着用したまま一列横隊に並び、政府が適法に決定した自衛隊の沖縄配備、立川移駐に反対しその中止を求める官職、氏名を表示した要求書を読み上げ、また、芝公園で開催された四・二八沖縄返還協定粉砕等中央総決起集会において、同じく制服を着用して演壇に立ち、集会の参集者を対象として右要求書及びこれとほぼ同趣旨の記載のある声明を読み上げ、自衛隊の沖縄配備、立川移駐に反対しこれを阻止する演説を行ったもので、いずれにおいても、自衛官の制服や官職を利用して対外的な宣伝効果を狙い、第二に、要求書、声明及び演説において、自衛隊の存在自体ないしその沖縄配備を侵略と人民に対する弾圧を目的としたものと決め付け、或いは、自衛官は兵営監獄の中で人権を抑圧されあらゆる屈従を強いられてきたなどとして、著しく歪曲し又は誇張した事実を前提にして自衛隊を誹謗中傷し、第三に、防衛庁正門及び芝公園の双方において、自衛隊の組織を否定し又は自衛官の職務と相容れないことの明らかな幾つかの要求を行い、第四に、以上の各行為を実行するために、長官が指定する場所(営舎内)に居住せず、所属長の承認を受けることなく職務を離脱したものである。

(二)  原告らは、右のうち、特に自衛隊の沖縄派兵及び立川移駐の中止要求について、その正当性を次のように主張する。即ち、沖縄派兵の中止要求は、太平洋戦争末期の旧日本軍の行動とその犠牲になった沖縄住民の被害の惨状、戦後の米軍支配の苛酷な実態、沖縄住民の悲痛な声を無視した返還の実現に至る歴史的経過及び沖縄派兵を旧日本軍の再来であるとする全島的な反自衛隊闘争の客観的事実に裏付けられたもので、沖縄の声を体現した極めて正当なものであり、また、立川移駐は、米軍立川基地跡地を治安出動基地として確保するための既成事実作りであって、これに対しては、立川市民や労働者だけでなく、立川市その他の自治体、国会議員等の広範且つ粘り強い反対運動や抗議行動が繰り広げられていたもので、その中止を求める原告らの要求は、このような国民各層の幅広い運動と反対の声と連動した正当なものである、というのである。

しかし、たとえ、沖縄派兵及び立川移駐の中止を求める部分が、原告らが主張するような歴史的背景に裏付けられ或いは反対運動と連動する一面を有していたとしても、現に自衛官の地位にある者が、前記のような手段、方法に訴え、政府の適法な決定に反対しその中止を求め更には阻止を宣明することは、自衛隊の任務ないし自衛官の服務の本旨及び遵守すべき義務と相容れないものである。即ち、「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当る……」ことを任務とするもので(法三条一項)、そのために必要な武器を保有し(法八七条)、防衛出動又は治安出動に際しては武力の行使(法八八条一項)又は武器の使用(法九〇条一項)を認められているもので、右任務を効果的に遂行するためには、防衛出動等の機会に限らず、不断から、一糸乱れぬ厳正な規律と強固な団結を保持することが不可欠である。これは、実力組織としての性格に由来する本質的な要請であって、それ故、自衛隊の配備や行動等に関しても、いわゆる文民統制の原則に服する必要があるのは当然として、少なくとも自衛隊の内部においては、これを所掌する者の判断と決定が最大限に尊重されなければならず、その反面、組織の一翼を担う個々の自衛官としては、右決定に従いこれを誠実に遂行すべき義務を負いこそすれ、右決定に反対しその中止や阻止を宣明することには必然的な制約があることを意味する。そして、原告らは、右のような特質を持つ自衛隊の任務を遂行するために自ら志願して自衛官となった特別職の国家公務員であって、「……わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、強い責任感をもって専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえる……」ことを服務の本旨とし(法五二条)、しかも、自衛官として任用されるに際して同様の服務の宣誓をし(法五三条、施行規則三九条)、上官の職務上の命令に忠実に従い(法五七条)且つ「いやしくも隊員としての信用を傷つけ、又は自衛隊の威信を損するような行為をしてはならない」(法五八条一項)との義務を負っているのである。服務規則二〇条が、自衛官が行う上官への意見具申について詳細な規定を置いていることは、後述のとおりであるが、これは、右のような自衛隊の任務ないし自衛官の服務の本旨を反映したものと解することができる。

しかるに、原告らは、自衛官の制服や官職を利用して対外的な宣伝効果を狙い、著しく歪曲し又は誇張した事実を前提にして自衛隊を誹謗中傷し、このような行為の一環として、自衛隊の配備に関する政府の適法な決定に反対し、その中止を求め更には阻止をも宣明したもので、しかも、後述のとおり、自衛官の意見具申について規定した服務規則二〇条に違反したものであるから、内容及び手段、方法のいずれにおいても相当性を欠き、右に見た自衛隊の任務ないし自衛官の服務の本旨及び遵守すべき義務と相容れないとの評価を免れることはできない。

(三)  また、服務規則二〇条は、自衛官が上官に意見を具申する場合の手続き等について、「1 自衛官は、隊務の向上改善に役だつと信ずる事項については、誠意をもって積極的に上官に意見を具申しなければならない。2 意見を具申するにあたっては、順序を経てこれを行ない、秩序をみだすようなことがあってはならない。3 自衛官は、上官がその具申した意見と異なる決定を行なった場合においても、いさぎよくこれに服従し、専心上官の意図を達成することに努めなければならない。」と規定しているのであって、原告らの行為は、この規定に違反するものである。

3  以上によれば、原告らの行為のうち、防衛庁正門付近及び四・二八沖縄返還協定粉砕等中央総決起集会における行為が自衛官の服務の本旨を定めた法五二条及び品位保持の義務を定めた法五八条一項に違反して法四六条二号の「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」に該当し、また、営舎内居住義務違反の行為が法五五条、施行規則五一条本文に違反して法四六条一号に該当し、上司の許可なく職務を離脱した行為が法五六条に違反して法四六条一号に該当することが明らかである。

四  原告らの主張に対する判断

1  請願権の行使について

原告らは、防衛庁正門付近における要求書の読み上げ及び右要求書と声明の手交は、憲法一六条の保障する請願権の行使であると主張する。

しかし、前述したとおり、要求書及び声明の内容自体が自衛隊に対する誹謗中傷や自衛隊の組織及び自衛官の職務と相容れない要求を含むもので、全体として真面目に政策の変更や新たな施策の実施を求めるものとはいえない上に、原告らは、予め報道関係者を集めて記者会見を行い、これらを同道して防衛庁に赴き、長官への面会を求めながら担当職員からの身分証明書の提示要求にも率直には応ぜず、報道関係者を含む不特定多数の者を前にして、制服を着用して一列横隊に並び、官職及び氏名を表示した要求書を読み上げた後、右要求書と声明を防衛庁職員に手交する行為に及んだもので、自衛官の制服及び官職を利用した対外的な宣伝行為ないし演出というほかはないから、右行為を請願権の行使と見ることはできない。

2  法令の不明確による無効

法四六条二号が「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」をもって懲戒処分の理由としていることに関して、原告らは、その文言が極めて広範且つ不明確であって、その中には通常人の認識によって具体的な内容を想定することが可能な程度の要素が含まれていないと主張する。

しかし、同号が懲戒処分の理由としているのは、例えば「人間たるにふさわしくない行為のあった場合」とか「紳士たるにふさわしくない行為のあった場合」などというような漠然としたものではなく、「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」というのであるから、法が規定し又は期待している隊員としてのあるべき姿や遵守すべき服務の本旨、義務の内容を見ることによって、「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」の意義及び内容は自ずと明らかになると解される。しかるときは、法五二条が「隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、強い責任感をもって専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを期するものとする。」として服務の本旨を定め、これを具体化する形で、法五六条が「隊員は、法令に従い、誠実にその職務を遂行するものとし、職務上の危険若しくは責任を回避し、又は上官の許可を受けないで職務を離れてはならない。」とし、法五八条一項が「隊員は、常に品位を重んじ、いやしくも隊員としての信用を傷つけ、又は自衛隊の威信を損するような行為をしてはならない。」と定め、それぞれ、自衛官としてのあるべき姿や服務の本旨、遵守すべき義務の内容を明らかにしているのであるから、右のような自衛官としてのあるべき姿に背き、服務の本旨ないし遵守すべき義務に反する行為のあった場合が、取りも直さず「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」に当たるということができる。なお、法四六条一号は「職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合」を独立の懲戒理由としているから、自衛官の義務違反のうち同号に該当する行為は、法四六条二号から除外されることになる。

これを本件について見ると、原告らは、政府が適法に決定した自衛隊の沖縄配備及び立川移駐に反対し、その阻止を宣明しただけでなく、自衛隊を誹謗中傷し、自衛隊の組織ないし自衛官の職務と相容れない要求を行い、その手段、方法も、自衛官として遵守すべき意見具申の規定を無視し、自衛官の制服及び官職を利用して対外的な宣伝行為に及んだものであって、「わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持」することを要求されている自衛官の服務の本旨に背き、「隊員としての信用を傷つけ、又は自衛隊の威信を損するような行為」に当たり、したがって、「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」に該当することは、通常の判断能力を有する一般人の立場からも容易に理解することができる。

3  自衛官の服務を定めた規定の違憲性について

原告らは、法五二条が「専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め……」なければならないとして自衛官にいわゆる賭命義務を課し、また、法一一九条等が上官の職務上の命令に対する反抗や不服従に対して刑罰の制裁を定めているのは、人間の生存的本能に反するだけでなく、憲法の予定しない軍隊規律ないし絶対的な服従義務を負う軍人の存在を容認するもので、戦力の不保持と基本的人権の保障を定めた憲法の趣旨に反すると主張する。

しかし、本件では、原告らが前記のような手段、方法で政府が適法に決定した政策に反対して要求書や声明を発表し又は自衛隊を誹謗中傷する記載や演説をしたことが、「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」に当たるかどうかが問題となっているのであって、原告ら主張のような賭命義務や刑罰の制裁が問題となっている訳ではないし、いわんや、賭命義務や刑罰の制裁を定めた部分の合憲性が肯定されない限りは「隊員としてふさわしくない行為のあった場合」の意義を解明することが不可能であるともいえないから、右主張はその前提において失当というほかはない。

4  憲法一四条、二一条、一九条、一三条、三一条違反について

原告らは、自衛官として遵守すべき義務に反して自衛隊の配備に関する政府の適法な決定に反対し又は自衛隊を誹謗中傷するなどしたことが「隊員としてふさわしくない行為のあった場合」に当たるとして懲戒処分を受けたもので、反自衛隊ないし反帝国主義の思想を有していること自体を理由として懲戒処分を受けたものではないから、本件処分をもって不合理な差別に当たるとか又は思想信条の自由を侵害するものとはいえない。また、原告らが、一般市民としての表現の自由を保障されるべきことは当然であるとしても、自ら志願して我が国の防衛の職責を負う特別職の国家公務員の立場にありながら、自衛官の身分を保有したまま、むしろこれを利用した上で、前述のような手段、方法により、自衛隊の配備に関する政府の適法な決定に反対してその阻止をも宣明し又は自衛隊を誹謗中傷することは、たとえ勤務外であっても、服務の本旨や遵守すべき義務に抵触するものとして一定の制約を受けることがあるのは止むを得ないから、本件処分が表現の自由を保障した憲法二一条に違反するとはいえない。原告らが、一般市民から自衛官となり、一定期間の任期後は再び一般市民に戻る立場にある者であるからといって、自衛官として在職中の権利自由の保障が全て一般市民のそれと同等でなければならない理由はない。むしろ、原告らは、自ら志願して自衛官となったのであるから、自衛隊の任務を遂行するのに必要な範囲においてその権利自由が制限されたとしても、そのことの故をもって直ちに憲法違反の問題が生ずることはなく、このことは、自衛隊内部における地位の上下には関係がないと解するのが相当である。更に、憲法一三条、三一条は、行政処分が手続的にも適正でなければならないことを要求しているとしても、懲戒処分をする場合には、相手方に対して常に告知、聴聞の機会を与えなければならないことまでをも要求しているとはいえず、相手方の所在が不明のような場合には、告知、聴聞の機会を与えることなく懲戒処分を行うことも許されると解されるところ、本件処分は、後述のとおり、その旨を定めた規定に基づいてされたものであるから、憲法一三条、三一条に反するとはいえない。

5  施行規則八五条の遵守の有無について

(一)  施行規則は、六六条から八六条までにおいて、懲戒処分の手続きに関する詳細な規定を定めているが、八五条一項は、「懲戒権者は、規律違反の疑がある隊員に係る規律違反の事実を調査した結果、その事実が明白で争う余地がない場合において、当該規律違反の事実に対する懲戒処分が五日以内の停職、減給合算額が俸給月額の三分の一をこえない減給又は戒告(以下「軽処分」という。)に相当すると認めるときは、……第七十一条以下の審理に関する規定にかかわらず、懲戒補佐官の意見をきいて、懲戒処分を行うことができる。但し、当該懲戒処分の行われる前に規律違反の疑がある当該職員が審理を願い出たときは、この限りでない。」とし、八五条二項は、「規律違反の事実が軽処分をこえる場合においても、その事実が明白で争う余地がなく、且つ、規律違反の疑がある隊員が審理を辞退し、又は当該隊員の所在が不明のときは、前項本文の規定に準じて処分を行うことができる。」と定めている。

そして、<証拠>によれば、原告らに対する懲戒手続きは、昭和四七年四月二七日から開始されたが、自衛隊が独自に又は警察を通して原告らの所在を調査したものの、これが不明であったことから(原告ら本人尋問の結果によれば、原告らは、芝公園における集会に参加した後は、都内を転々として所在をくらましていたことが認められる。)、施行規則八五条二項に従い、原告らの供述の聴取を含む審理を省略して懲戒処分が行われたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(二)  右の点に関して、原告らは、防衛庁に同行した弁護士角南俊輔が原告らの代理人である旨を警備員に告げ、且つ、同弁護士事務所の記載のある名刺を交付したから、同弁護士事務所に照会すれば原告らへの連絡、書類の送達等の手続きは可能であり、したがって、本件では、施行規則八五条二項所定の要件を欠くので、原告らの供述の聴取を省略することは許されないと主張する。そして、証人角南俊輔の証言、原告河鰭本人尋問の結果中には、右主張に符合し、且つ、同弁護士は、当日は原告らが逮捕された場合の弁護人或いは処分手続きが行われる場合の代理人となる立場で終始行動していたと述べた部分がある。

しかし、右証言によっても、角南弁護士において代理人である旨を告げて名刺を交付した相手方が具体的に誰か、したがって、その者の受領権限の有無が明らかでなく、また、証人として出廷した警備員その他の防衛庁職員にも、同弁護士から代理人である旨を告げられたとか又は名刺を受け取ったことを認めている者はないから、結局、代理権の有効な告知があったと認めることはできない。仮に、同弁護士が受領権限のある者に対して代理人である旨を告げて名刺を交付したとしても、右証言によれば、当日は防衛庁長官に会って直接に要求書を手交すると共に小西が提起していた公正審査の件で申入れをするのが目的であり、名刺も小西が書いた面会票と一緒に出したというのであるから、右のような外形的事実からすると、同行した弁護士の代理権も、その内心的な意思に拘わらず、右要求書の手交と申入れの目的を実現するのに必要な限度に止まるのが通常であると解される。したがって、代理権の範囲が右限度を越えて当日の行為を含む一連の行為を原因として開始されるべき将来の懲戒手続きにまで及ぶためには、その旨の特別の表示が必要というべきであるが、本件では右のような表示のあったことを認めるに足りる証拠はない。

かえって、<証拠>によれば、角南弁護士は、昭和四七年五月二日付けで防衛庁長官あてに、外一名と連名で、「同弁護士らは、原告ら五名から委任を受けた代理人であるから、原告らに関する身分関係の諸問題について通知等の必要がある場合には、当法律事務所あてに連絡されたい。」旨の書面を発し、同月四日に防衛庁に到達していることが認められるところ(ただし、到達の時刻は明らかでない。)、右証言中には、右書面は念のために発した確認的なものであると述べた部分があるが、上述したところと対比して直ちには信用することができず、むしろ、同弁護士は、右書面によって初めて懲戒手続きに関する代理人であることを防衛庁に通知したと見るのが相当である。もっとも、<証拠>によれば、本件処分の宣告書は同月四日の午前中に既に原告らの保護者に対して交付済みであったため、右通知書は本件処分には間に合わなかったことが認められる。

(三)  なお、<証拠>によれば、角南弁護士は、原告らと行動を共にした小西に対する懲戒処分についての公正審査手続きの代理人をしていたことから、防衛庁正門に駆け付けた職員の中に同弁護士を知っている者のいたことが認められ、また、防衛庁正門付近の行為のあった日の翌日である昭和四七年四月二八日の参議院予算委員会において、当時の防衛庁長官が、「昨日一六時一六分ころ、小西元空曹の弁護士である角南俊輔も付き添って制服着用の者合わせて五名が、沖縄派兵反対等の要求のため、防衛庁長官に面会を求めて来庁した。」旨の報告をしていることが認められるが、防衛庁関係者が同弁護士の存在を認識したのは、小西の提起していた公正審査手続きとの関係においてであることが右防衛庁長官の報告によっても明らかであるから、被告らが原告らに対する懲戒処分の手続きを進めるに当たっては、同弁護士事務所に原告らの所在等を照会すべき義務があったとまではいえない。

したがって、本件処分が施行規則八五条二項の規定に反するものとはいえない。

6  裁量権の濫用について

原告らの行為は、報道関係者らの面前や沖縄返還協定粉砕等を目的とする集会において宣伝効果を狙って意図的に行われた極めて明白なもので、それ自体として争う余地のないものである上、自衛隊に対する誹謗中傷を含み、自衛隊の任務に背き、自衛官の服務の本旨ないし遵守すべき義務に反し、自衛官としての信用を傷つけ自衛隊の威信を低下させ、「隊員たるにふさわしくない行為のあった場合」に当たることが明らかなものであり、しかも、右行為を実行するため、指定された場所(営舎内)に居住せず、許可なく職務を離れたのであるから、このような事案の性質、内容、程度及び自衛隊の内外に与えた影響等を総合すれば、被告らが原告らに対する懲戒処分として免職の処分をもって臨んだことは誠に止むを得ないところであって、その過程に裁量を誤った違法があるとはいえない。

五  結論

以上のとおりであって、本件処分は適法であり、その取消を求める原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田 豊 裁判官 水上 敏 裁判官 田村 眞)

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